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某重役氏に案内され到着したのが、Dickson's Farmでした。
リクソン氏の代表作"DICKSON GOLDEN"は日本、ドイツなどにも輸出されており、その他にも彼は、様々な系統のブリーディングにチャレンジしています。
生ディスカスを初めて見るという、ライナス氏とともにファーム見学することしばし、一つのタンクが私の目にとまりました。そこには、100匹あまりのスネークスキンの幼魚達が元気に泳いでいたのでした。
■ スネークスキン
そして、そのスネークスキンの幼魚達の目が、某消費者金融のコマーシャルのチワワ(?)よろしく、私に何か訴えてくるではありませんか。まさに、「どーする?アイXル」のお父さん状態に陥ってしまいました。
もうこれは、日本に連れて帰るしかない。と心に決めた私は、さっそくリクソン氏に「これ譲って!」と頼み込んだのでした。「まだ小さいから、どんな模様が出るか分からないけど、良い?」との同氏の問いかけに「それが楽しみなんですよネー」などと不遜な発言をした私でしたが、無事商談成立となりました。
ところがです、日本に持ち帰るには色々と手続きが必要なのでした..
■ ペナンから日本へ
さて、ペナンから日本へディスカス達をどうやって連れて帰ろうか?と思案していた私に救いの手を差し伸べてくれたのが、リクソン氏の父上でした。「日本でディスカスの持ち込みが自由であれば、輸出の手続きは業者を紹介してやるよ。」と言ってくれました。
以前農水省動物検疫所のHPを覗いたときに、魚類の日本への持ち込みは、原則自由(注)と書かれてあったことを思い出した私は、「エーサイ」(=福建語で平気ダヨ)と返事をしていたのでした。
そして帰国当日、DICKSON氏の父上のお陰でペナン空港での輸出手続きも無事完了し、シンガポール経由で一路日本へ向かったのでした。
■ 無事我が家へ
ペナンを前日の夕刻出発し、シンガポール経由で成田に到着したのが、翌日早朝でした。この時点で既に14時間あまりが経過していました。気温30度のペナンから、初冬の成田の気温は10度。ディスカス達の体力が心配です。逸る気持ちを抑えつつ、横浜の我が家へと急ぎました。
そして、厳重に梱包された箱を開けると三重にパックされたビニール袋には、スネークスキン達が元気に泳いでいました。じっくりと温度と水を合わせ、我が家の水槽に納まったのが、その日の夕刻。
ペナンから約24時間、まる1日がかりのディスカス達の旅が終わりました。
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